清山会グループからのご案内

ナラティブRBA奨励賞

2018.08.30

2018年8月ナラティブRBA賞受賞 いずみの杜介護支援事業所 沼倉 和人 さん

前回に引き続きSさん(会社社長・58歳・アルツハイマー病)との物語を書かせて頂きます。
認知症と共に生きていくために葛藤を繰り返しつつも、少しずつ前を向き歩み始めたSさん。
いずみの杜診療所で6月から始まった『仕合せの会(当事者のつどい)』の案内をしたところ、同じ病気を患っている人から何か学べればと考え、自ら参加しています。
最初はバスを乗り継ぎしていずみの杜に来ることに不安を抱えていたので、一緒に時間や場所を確認、最初は乗り換え前のバス停で待ち合わせをして送迎、
次の段階として乗り継いだバス停で待ち合わせて一緒に徒歩、最後は診療所まで一人で来てもらうようにしました。
「不安ですよ、何回か来ているはずなのに、毎回新鮮な気持ちがしますから…」と、最初の頃のSさんは話していましたが、回を重ねる毎に少しずつ自信がついてきたのか、
「何となくわかってきました、清水寺で降りればいいんですよね、一人でも大丈夫そうです」と話し、一人で来れるようになりました。

仕合せの会に参加する一番の目的は、たまに参加してくれる丹野智文さんと話ができることだとSさんは言います。
丹野さんの前向きな姿勢、考え方、いろいろ参考にしたいとの思いがあるようです。
以前は、丹野さんに対して「とても強い人だ、自分とは違う…」と、距離があるような言い方をしていましたが、その後Sさんは変わってきました。
認知症と向き合う中で、前向きな当事者である丹野さんの存在が、身近な目標のようになってきたようです。それと共に、仕合せの会の在り方についても考えているようです。
会の参加者に若年の方が少ないことには残念な思いがあるようで、「もっと声を掛けたほうがいいんじゃないですか?」「声を掛けられるのを待っている人も居るんじゃないですか?」と、
自分と同じような境遇にいる人の事を考える言動や、「一人が喋り過ぎると他の人が喋り難くなるから、誰かがある程度調整した方がいいんじゃないですか?」等と、会の進行についても助言してくれます。
会の目的としては、診断後支援と定期的なつどいを目的として回数を重ねてきており、ほぼ毎回参加するSさんとしては、いろいろ思うところもあるようです。
Sさんにとって仕合せの会は、悩みを共感できる仲間との出会いの場、心の拠所となっています。

仕合せの会が心の拠所になっているのは良いことではありますが、Sさんは実生活で家族との関係性が微妙になってきています。
同居する家族(妻・義母・中3の長女)は一緒に丹野さんの書籍を読む等、認知症への理解や意識は高いと思われます。Sさんの混乱が強く、徘徊等で大変だった時期を支えてくれた素晴らしい家族です。
共に認知症に向き合っていると私は感じています。ただ、互いの思いはすれ違う部分が多くなっています。Sさんは、病気と向き合い、前に進もうと自分なりに考えながら生活しています。
家族もSさんに少しでも良い生活を送ってもらおうと考えています。Sさんの気持ちはSさんにしかわかりませんし、家族の気持ちも家族にしかわかりません。
互いに理解しようとしても難しい部分、『真意』と言い表すのが適切かわかりませんが、距離が近くとも引き出すのが難しい本当の気持ちがあります。
家族は常に本当の思いをSさんに伝え、頑張ってほしいと本人を励まし、本人の頑張りを行動の変化でそれを確かめようとします。
Sさんは何度か予定を忘れたり、間違えたりするので、メモをしっかり取るように助言を受けました。
Sさんが社長代行で忙しい妻とあまり話しができていないと話すので、交換日記のような形で出来事や思いを書いてはどうかと助言を受けました。
でも、Sさんは何もしようとしません。Sさんは「私なりに考えたいのです…」「私なりの形でやりたいのです…」と、話します。
家族は「丹野さんだって努力して今のようになっているのだから、身近にできることから頑張るべきだ」と、繰り返し助言します。

『個別化』という言葉がバイステックの7原則の1つ目に掲げられています。
利用者の抱える困難や問題は、どれだけ似たようなものであっても、人それぞれの問題であり「同じ問題は存在しない」とする考え方。
この原則において、利用者のラベリング(人格や環境の決めつけ)やカテゴライズ(同様の問題をまとめて分類してしまい、同様の解決手法を執ろうとする事)は厳禁とされています。
私は認知症の方の気持ちを理解すること、認知症に限らず、自分が体験したことの無いことを理解しようとすることは難しいと思います。
また、体験したとしても個人によって感じ方も違うため、完全にその気持ちを理解することは難しいと思います。
「あの人は○○して良くなったのだから、あなたも同じように頑張って良くなって!」と言われたらどうでしょう、素直にそうできるでしょうか?
一見本人の事を考えて助言しているようで、実はラベリングやカテゴライズしているやりとり、私達の身近にも少なからずあるのではないでしょうか。
Sさんの行動は一見自分の問題を個別化してくれない家族に反発しているようですが、実は自然に自分の権利を守ろうとしている行動ではないかと、私は感じました。

家族との関係は平行線のまま、ある日の仕合せの会で重大な出来事がありました。
通常の会の後、丹野さん、Sさん、他2名の当時者の方、山崎先生、関係者で今後のピアサポートの事について話し合いをする機会がありました。
丹野さんがNPO化を進めている宮城の認知症をともに考える会で、診断後すぐに前向きな当事者と出会う機会が持てる仕組みづくりとして、
NPOに登録した当事者の方が仕事としていずみの杜診療所等でピアサポートを行えるようにしていくことを考えているとの話がありました。
その先駆けとして、丹野さんを中心に実際の取り組みを行っていくので、Sさんや他の2名の方にも協力を依頼したいとのことでした。
Sさんは「私にできることであれば」と、前向きな反応です。私はSさんが更に前向きになるための大きなきっかけが巡ってきたと思いました。
この機会に結び付けてくれたいずみの杜連携室の方々にはとても感謝しています。

その数日後、Sさんから「今回丹野さんと一緒に行うミッションについては家族には話さないで欲しい…」と、連絡がありました。
私は家族の方にもSさんが取り組もうとしていることを伝えるのがSさんの頑張りを知ってもらうことにもなるし、関係性の改善にもつながるのではと言い掛けましたが、
ちょっと踏み止まって「わかりました、絶対に言いません」と、お返事しました。Sさんは「助かります、少し形になったら自分から話したいと思っているんです…」と、照れくさそうに話してくれました。
また、「今までは病気をオープンにすることが不安でしたが、自分を変えていくためにはオープンにする勇気が必要とわかりました…」とも話してくれました。
普段から調整役を役割にしている私は、自然と状況が好転できるような働き掛けを行おうとする習慣がついています。
もしかしたら、事態を自分で好転できる方の力を奪ってしまっていたのではと、Sさんとの関わりの中で考え、振り返り、自分の関わり方を改めることができました。
本人の気持ちをあらゆる場面で大切にすること、言葉で言うほど単純ではないと、また、一つ学ばせてもらいました。

Sさんは明らかに変わってきています。
これが当事者としての意識が芽生えているということなのかはわかりませんが、権利に目覚めるとはこういう事なのかな?と、私は感じる機会が増えています。
丹野さんが多くの方を力づけているように、Sさんが誰かを力づける日がそう遠くないような気がします。
これからもSさんが認知症とともに前向きに生活できるよう、当事者として希望する活動に関わっていけるよう、ともに過ごす時間をより良いものにしていきたいと思っています。
前向きな人が周囲に与える影響、底知れない『力』が人間にはあるのだと感じます。自分も常に前向きで居たいと思いますし、いい影響をし合える前向きな仲間を増やしていければと思います。

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