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ナラティブRBA奨励賞

2018.11.30

2018年11月ナラティブRBA賞受賞 デイサービスわかなの杜 猪狩 健介 さん

現在、サービスを利用されている方々の権理について皆様も深く考えている事だと思います。

デイサービスわかなの杜を利用しているIさんの権理についての物語を紹介いたします。

Iさんは今から約20年前に放課後デイサービスを立ち上げ児童福祉に尽力してきました。現在もこの仕事は続けています。
しかし、6年前から物忘れの症状が見られアルツハイマーの診断を受けました。この時、Iさんは60歳でした。
仕事のメモや予定が分からなくなってしまい仕事に支障が出てくるようになりました。現在は奥さんが施設代表と管理を務めています。
それでもIさんの想いは変わらず『仕事はしたい』です。先述しましたが、Iさんは現在もこの仕事を続けています。
デイサービスわかなの杜の送迎コース近くにIさんの放課後デイサービスがあります。
夕方、私達が送迎をしていると児童達と一緒に散歩をしている様子が見られます。その時のIさんの表情は晴れやかで活き活きとしています。

Iさんは平日に仕事をして週末だけわかなの杜を利用します。デイを利用するきっかけとなったのは、本人の想いというよりは奥さんの強い想いでした。
家族はまだまだ若いIさんに活躍して欲しいと願っています。もちろん本人もそれを望んでおり仕事を続けています。
しかし、出来ない事も増えてきました。奥さんは、そんなIさんがデイに通えば色々な活動が出来るのではないか?という想いでデイが開始となりました。
まだ若いIさんはデイサービスという環境に正直困惑しています。
ご自身も放課後デイサービスという似た事業を行なっているが故に自分が当事者として利用するとは思いもよらず。
しかし主治医やケアマネの勧めもあり渋々利用している状況です
そんなIさんい追い打ちをかけるような出来事がありました。奥さんより『なるべく忘れないようにメモを取るようにして欲しい』とIさんにノートを持たせました。
そこに、その日に起きた事柄を書くようにと。家族は私達職員にも協力して欲しいとの事で、デイで過ごす際にはメモを取るように声がけをしていました。
しかし、Iさんは『もともとメモを取る習慣は無いし面倒』と、あまり乗り気ではありません。
記入するノートには書いても2~3行。この書き方には家族が憤慨。もっと書かなくては物忘れが進む!と。
ケアマネさんも家族寄りの考えで『デイでももっと協力して下さいよ!』と私達に憤慨。そんな私達は困惑。本人にどのように過ごしたいか話しを聞いてみました。
『メモを取るとか、めんどくさい。そりゃ仕事するうえでは必要かもしれないけど今の俺には出来ない。平日仕事しているんだから土曜日位はゆっくりしたいよ。
もちろん俺に出来る事は手伝うよ。俺だってデイサービスをやってるからね。役割はあったほうがいいと思う。でもね、俺の中ではゆっくり過せればいいのさ』と。
家族やケアマネの想いとは裏腹に本人にとってのデイサービスは<ゆっくり過ごすところ>という位置づけ。この想いを家族やケアマネにぶつけてみる事にしました。

担当者会議にて、本人の想いを本人からも私達からも奥さんとケアマネに伝えてみました。奥さんはさらに憤慨。
『こんなんだから何もできなくなるんだからね』と。ケアマネさんも『デイでどんどんやらせてほしい。若年性の加算取ってるでしょ?!』と。
確かに加算の算定用件としては65歳未満で個別に担当者を定め、その担当者を中心に、利用者の特性やニーズに応じたサービス提供を行うこととされています。
かなり強引なケアマネさんで、この『メモを取る』という行為をどういう訳だか『本人の特性に合わせたプログラム』と決めてしまっていました。
奥さんやケアマネからすれば『本人の為に、物忘れを進行しないために』という善意ではあるのでしょう。
しかし、本人にしてみればただの『面倒な事』でしかありません。しかし、私はケアマネさんにこう言ってみました。
『現在Iさんは64歳です。65歳を迎えればこの(メモを取る)プログラムはできなくなってもいいですか?』と。するとケアマネさんは『それは…そうですね…』と少々減速。奥様も同様。
今現在仕事は続けています。もちろん奥さんが望むレベルでは無いと思います。
もともと代表や管理の仕事もしていましたから、そのイメージが根強く残っているのは当たり前のことです。
しかし本人は望んでいません。だからといって奥さんの想いも蔑ろには出来ないと感じました。私から1つ提案をしました。
『メモを取るという方法は続けてもいいと思います。しかし、只々書き記す事は本人にとって苦痛でしかありません。ですから何を書くのかを定めて書いてはどうですか?』と伝えました。
そしてメモの内容を決めてみました。
①今週1週間の仕事の出来事を振り返りましょう②仕事で頼まれた事、予定を振り返ってみましょう③今日(デイ)の振り返りをしてみましょう。と3つの項目を提案してみました。
もちろん本人にとってみれば『書く』という行為は面倒です。
しかし、ざっくりとしたただのメモではなく、成すべき項目が明確であり、かつご本人が大切にしている仕事の事について記入するとなれば以前よりも書きやすくなると思いました。
この項目で奥さんやケアマネさんも納得。本人はまだまだ渋々ではありますが、現在も記入は続けています。
<加算の為にやる><家族の想いだからやる>というのは必要な事でありながらも本人主体ではありません。本人が主体的に望む事が出来ればそれが理想です。
本人・家族・ケアマネ・私達が同じ目線で、互いに公平な関係性で関わり合える。そのきっかけになった出来事だと思います。

現在Iさんはデイでマイペースに過ごしています。ラジオを聴いて、たばこを吸って、散歩して、時に気が向いたら職員の手伝いをして、『暇だなぁ~』といいながらも笑顔が多く見られています。
仕事の事を尋ねると『やってるよ~。奥さんに色々いわれてっけどね』と。好きな仕事は続けられています。
Iさんにとってのわかなの杜は<ゆっくり過ごすところ>です。平日の仕事を頑張り、デイではゆっくり過す。最近はショートステイも利用するようになりました。ショートでもゆっくりすごしてます。
若いから何でもできる・なんでもやれるはず。これは間違いではありませんが人によっては偏見になる場合も考えられます。
『失われた・諦めた』という権理は<何か行動する>という前向きな権理に併せて<何もしな>という後ろ向きではないですが、<静と動>であれば<静>な権理もあると思います。
ゆっくり過す権理がIさんにはあります。それが仕事の忙しさや家族の想いで奪われていたと思います。特段変わった行動はしていませんが、Iさんにとっての権理を取り戻せたのかと思います。

Iさん、これからもゆっくり過して下さい。そして仕事頑張って下さいね!

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