清山会グループからのご案内

震災復興メール

2011.05.13

鶴岡健

■16年前の神戸の震災の時、当時住宅メーカーに勤務していた私は発生10日後に現地のグループ会社の支援に向かいました。 2人ペアで1日に徒歩で10件から15件ほどお客様のお宅にお見舞い用のペットボトルの水をリュックに背負い訪問。被害状況を確認し写真を撮り図面に記入していきます。 街を歩くと高速道路自体が倒壊し大きなマンションが裏の建物に寄りかかり45度の角度で斜めになっていたり1階がぺしゃんこになり平屋建てに見える2階建の木造住宅、その横に手向けられた供養花など信じられない光景が目に次々と飛び込んできました。 しかし今思えば、東京からわずか3週間だけの応援。社命を受け決まったことだけを淡々とやっていたような気もします。 街や人への想いもそれほどなく・・・ ■今回はそれぞれの事業所でろうそくや懐中電灯のかすかな灯のほの暗い中で見えたものがたくさんあったように思います。 冷えた空間のなかで温かいぬくもりを肌でたくさん感じたような気がします。 守るべき人のいる「しあわせ」、やるしかない時の真のひとの「強さ」や「やさしさ」 一瞬にして起こった地震がたくさんの多くのことを教えてくれました。 ■私の住む亘理町も海岸付近が未曾有の大きな被害に遭いました。 生まれ故郷ではありませんが気候や風土、何より近くに住む家内の友人家族のやさしさに魅了され土地を求め家を建てはや10年。 当時小学生だった娘ふたりも大学生と高校生に。娘たちの成長を育んでくれた街。ふたりにとってはふるさとの街。 その街の変わり果てた光景を心にとどめるべく被災現場に家族で赴きました。 言葉を失い家内と娘たちの目には自然と涙があふれていました。皆、何も語らずただ黙ってそっと帰ってきました。 ■以下は昭和58年に制定された町の町民憲章です。 わたくしたちの亘理町は、阿武隈川などの美しい自然にめぐまれ、古い歴史と伝統をはぐくんでまいりました。 わたくしたちは、ここを郷土とする亘理町民であることに誇りと責任をもち、みどり豊かな住みよい田園都市をつくるため、この憲章を定めます。 ・汗して働き、ゆとりのある豊かな町をつくりましょう ・自然を生かし、花や木の多い美しい町をつくりましょう ・きまりをまもり、助け合う明るい町をつくりましょう ・すすんで学び、郷土をまもる文化の町をつくりましょう ・希望にみちた、活力ある伸びゆく町をつくりましょう ■町民となり10年目にして初めて目にしたものですが見事にストンとおちました。 同時にあらためて今年の年頭に決めた自分の目標を思い出しました。 良い(志と覚悟のある)人たちと良い(活気のある楽しい)職場をつくり良い(感謝され感謝する)仕事をしつづけることです。 その灯を消さぬように! ※はらこ飯といちごと鳥の海の景色が大好きな東京生まれの「亘理っ子」鶴岡でした。
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